今日は千歳が名古屋に引っ越したばかりの頃の話をします。
その頃の生活はしゃれにならないくらい貧窮していて、メインの会社で働きながらも、土日は人材派遣会社に登録して、本屋さんやらスーパーマーケットやらで携帯電話の契約の営業をしながらなんとか生計を立てていました。
季節は冬。大抵が店の外での営業で、それも一日中立ちっぱなし。
油断してると雪なんて降ってきちゃったりして、南国育ちの千歳にはかなりきつかったです。もう子羊のように震える毎日でした。
携帯電話が巷にあふれかえり、多くの人はタダで携帯電話入手していた当時のご時世で、どうやって携帯電話の契約なんか取るのかというと、ようは店から出てきた人にくじを引いてもらい、二等が当たったら携帯電話をプレゼントするという方式でして。はい、お察しの通り、くじは全部二等です。
「お、おめでとうございます! お客様二等当たっちゃいましたYO! ワーパチパチ……」
なんてセリフを一日多いときは何百回も吐いて、歩合制なので少ない日は
日当六千円くらいというなんとも
切ない仕事でしたが、どんな仕事でもその気になりさえすれば自分の
プラスになるもの。この仕事では
寒さに対する耐性と、
面の皮の厚さというか図太い神経、あと、にわかじこみな
営業スマイルと
営業トークとを身につけました。
まあ、それでもやっぱり楽しい仕事でないことに変わりはなく、この頃季節は冬でしたが、千歳にとってもまさに
冬の時代でした。
んな感じで、慣れない土地での慣れない仕事に、体力精神ともに日々削られていってたんですが、ある日突然ですね、前歯が痛みを発し始めたんですよ。
「いや、お前突然痛くなっても
歯医者行く金なんてねーよ」
なんて前歯に言ってみたりしてたんですが。とりあえず飯の時間にあわせて
痛み止め飲んでそれで一週間くらいはごまかしてました。
その日もお昼の休憩時間に、パンがいっぱい入った袋を100円とちょっとで買って、これを二日持たせようと決意して半分だけ食べてたんですね。
そしたら痛み止め飲んでも歯の痛みがあんま引かないことに気がつきまして。柔らかいパンでさえ前歯を使っては食べられないという由々しき事態。なんか指の腹で触ってみたら、
前歯ぐらぐらしてるし。一瞬
食べる量が減って食費浮くかな? なんて考えてみたものも、そこまで自分をいじめられるほど千歳はMではなかったものですから、次の日、仕方なしに平日のメインの仕事を早退して、
歯医者に駆け込んだわけです。
歯医者さんは物腰の柔らかいかたで、やっぱり柔らかい口調で千歳に言います。
「はい、口あけてくださいねー」「はえ」
はい、と言いたかったんですが、口あけながらいったものですから「はえ」になってしまいました。
んで
歯医者さんはなにやら
物騒な形をした器具で、千歳の歯を軽く叩き始めます。
「「痛かったら言ってくださいねー」「あへ」(いて)
先生痛いです。千歳挙手します。
「痛いですか?」 痛いです。
「これは?」コンコン。
何も感じません。
「じゃあこれは?」コンコン。
「あへ!」
先生痛いです! 千歳激しく挙手します。
「…………」 なんか意味ありげな沈黙。次に先生、なにやら別の怪しげな器具を取り出しました。
「じゃあ、次は歯に電流流してみますね」!!
千歳びびりまくりです。
歯医者って、電流まで流すんですか!?
「はーい、ピリッとしたら言ってくださいね~」「は、はえ」
ピリピリピリ。
「ひ、ひひひひほほ!」(ぴ、ぴりぴりする!)
「ピリピリしますか? じゃあ、これはどうですか?」 何も感じません。
「……なにも感じませんか? では、これは?」 やっぱり何も感じません。
「……ではこれは?」「ひ! ひひひひほほ!」
別に笑っているわけではありませんよ、念のため。
そんな感じで、一通りの検査が終る頃には、慣れない衝撃に千歳、もう完全に
ヘタレ状態になっていました。
「…………」 またしても意味ありげな沈黙。
「さっきですね、この真ん中の歯に、パワーを最大にして電流を流しました」 そうですか。
「けど、特になにも感じなかったようです。これは……」 そして先生は、柔らかい口調で
とんでもない暴言を千歳に吐きました。
「神経腐ってますね」
ΣΣ(゚д゚lll)
神経が腐ってる。そんなセリフ、
親にも言われたことありません。
柔らかな口調での突然の
罵倒に、千歳、おおいに取り乱します。
まさにあいた口が塞がらない状態。
さらに先生は追い討ちをかけてきます。
「神経腐ってるのが一本あると、他の神経も腐ってしまいます。今、そうなりかけてるんですよ。というわけで、腐った神経は抜いてしまいましょう」 ちゅいーん。
気がつくと、先生の手には明らかにドリルの形をしたものが握られていました。
NO! NO~~~~!!!
せ、せめて麻酔を! 麻酔をうってください、先生!!「大丈夫、痛みはありません。腐った神経はなにも感じませんから」……そうですか(T_T)
というわけで先生、千歳の前歯に、ドリルで穴を開け始めました。
ウィーン。ガガガガガ。
「……あへ?」(あれ?)
普通に痛いんですけど。
「へーへー」(先生)
ガガガガガ。
激しく痛いです。
「へ、へーへー!」(せ、先生!)
ガガガガガ。
「えはえ! えはえへふ! へーへー(T_T)」(痛い! 痛いです! 先生(T_T))
挙手! 挙手!
挙手~~!! で、先生やっとドリルを止めてくれました。
「あれ? 痛いですか?」 激しく痛いです。
「じゃあ、
神経まだ生きてますね。――では炎症を抑える薬を点滴して、様子を見ましょうか」
ああ、なんてソフトな治療法でしょう(感涙)
……けれど、先生?
今、軽く舌打ちしませんでした?
気のせいですよね。
気のせいですよね、先生!!!?
結局原因は、やはり日頃の不摂生がたたったんだろうということでした。体が弱っていたときに、歯茎の中にばい菌が入って炎症を起こし、放っておいたから危うく腐りかかったと、そういうわけのようです。
そんなわけで、なんとか神経が腐ってはいなかった千歳の前歯は、今では立派に更正し、今日も元気に働いています。千歳は働いていないですが。
あ、千歳
腐ってはいないですよ。はい、立派に
今日も生きてます。